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宿題頑張ってました [日々の徒然]


秋も深まってもはや冬が始まるよ~ほらまた僕のそばでぇ~な季節ですが、
夏休みの宿題、人知れず頑張ってました。
http://kaehyan.blog.so-net.ne.jp/2011-08-16

ドリルやり終えましたよ、1000問。
しかも3周までしました。

10月末に試験がありまして。
9月に申し込んだのですが、10月の試験は田舎ではやりませんってさ。。。。
そういうトコは調べてから申し込もうよ、井上君!!
大都会の福岡まで受験旅行しましたよ。
思い出したわぁ、大学受験。あの時も願書締め切りすっ飛ばす大ボケこいたんだよね。

受験票に会場の地図が小さーく載っててさ。
自信満々で反対方向に歩いちゃったのよ。よっぽど背中から自信がみなぎっていたんだろうね、「あ、あの人についていこう」っていうとんでもない判断をしちゃった受験生が5、6人後ろからゾロゾロ・・・・
すまなかったねぇ。私が試験監督なら気の毒ポイントで3点あげたいよ。


結果が予定より二日も早く郵便受けに届くフライング。
あまりにも急に現れたドキドキに、口にくわえていたチーズトーストを思わずお皿に戻してしまいました。
さらに結果が予想以上だったのでびっくりし過ぎて通知表をテーブルに投げ捨ててしまいました。バチ当たり・・・
客観的には大したことないんですが、井上君にはありえない成績だったので大喜び。
ご褒美に「モンブランをケーキセットで!」豪華にお祝いしました。

あーーーーーーーーーーもう二度と受けないっ。
脳みそ破裂するかと思った。
てか、実際ちょっと破裂して頭蓋骨のてっぺんが割れちゃった気がする。













んで、結局いまだに「コロケーション」の意味は不明です。

君に残るかすり傷 [問はず語り]

子守りや家庭教師をした子どもたちのご両親から、何年経った後でも便りが届く。
出会った当時は日本語英語もおぼつかなかったおチビさんはもうすぐ大学生に。
一緒に算数や国語を勉強してた小学生インターンで中東に。
5歳の誕生日を一緒に祝った女の子は、乗馬の試合に出るそうな。

ほんのしばらくの間を一緒に過ごし、遊び、学び、時にけんかして、たくさん大笑いした。
別れた後、彼らは私に何のお構いもなくぐんぐん背が伸び、腕力も体力も知識も増して、私を追い越していく。
彼らがいまだに追い越せないのは、私の年齢だけである。いっそ追い抜いていいんだぜ?
時が経てば経つほど、私と過ごした時間なんてほんの一瞬になっていく。
大人になって行く彼らの姿を、私は見ていないし、見ることができない。

卒業や引越しで別れが来るたび、子どもたちは泣いたり怒ったり、「次いつ来るの?」と聞いたりする。
5歳、10歳の子どもにとって別れは「もう一生、二度と会えない」に等しいくらいの意味があるはずだ。会いに行くための交通手段も知らなければ、お金もなく、電話も郵便もよく知らない。
それでも私は、またいつか、そして願うならいつでも、会えることを知っている。

転んだりぶつかったりした時にできる鋭いかすり傷のように、思い出がその子の体に残りますように、と私が願うからだ。
時が経ってしまえば痛くも痒くもなく、よくよく見なければわからないほどの傷跡。
大人になってから、ふとした拍子に「ああ、あの時の」と思い出す、そんなかすり傷が誰にでもひとつはあるだろう。
私との思い出が、そんなかすり傷のように、その子の体に残ればいいなと思う。
そのかすり傷を見るたび、思い出せるからだ。そしてそれは、会うことと同じだ。


これから先、面と向かっては一生会えなかったとしても、君の体に思い出は残されている。
今となってはおぼろげでリアルには感じられなくても、その傷跡を見つけたら一人でニヤッとして欲しい。
「ああ、かえちゃんと遊んだあの時の」
って。
そしたら、そんな時、私も私に残された傷跡を
「あー、これはあの時の・・・」
「これは**ごっこをしたときのだ」
と数えているはず。
いつか再会できたらその時は、お互いに披露しよう。

今はひりひり痛くても、そのうちなんでもなくなるよ。でも、君の体にちゃんと残ってる。
かすり傷みたいに。

誕生日です。 [日々の徒然]

先日は弟2の誕生日日記を書きましたが、今日は母の誕生日。
そして私の受洗記念日です。

生後100日目に福岡中部教会で受洗しました。
キリスト教徒にとって洗礼を受けた日は「新しい人」として生まれる日ってことで、大事な誕生日です。

小さい頃に洗礼を受けることを「幼児洗礼」というのだけど、これがどうやら世間では賛否両論。
なにも判断できない赤ん坊に信仰(宗教)を押し付けるのはよくない、ってさんざん周りに言われるれど、
私にとっては親が与えてくれたものの中で一番ありがたいものだと思っています。
こないだ友達になったあきら君は、
(毒も栄養もわからない)子どもの前にたくさん食べ物を並べて
「ほら選べ」
っていう親なんかいないだろって。親として一番いいと思うものを与えてあげたいと思うのが親心だろって。
私はこの説明にすごく納得したけどな。

でもね、洗礼の意味なんて、確かに赤ん坊にはわかりませんよ。
私なんて、こんなだもん。

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まったくやる気なし。成人洗礼の人は感動で泣いたりするのに私は眉間にしわ寄ってるし。
この頃の私は忍者修行に夢中だったので
「麻が伸びちゃうから早く帰ろうぜ!このピラピラした白い服も早く脱がせてくれ。修行に邪魔だよ」
と思っていたのだと思います。
(あのねぇ、麻は成長が早いから毎日飛び越えて脚力を鍛えるんだよ)


しかし父も若かったなーー!

人はイカそーめんのみにて生きるにあらず [日々の徒然]

弟二人が夕食の支度について相談しているらしい。
いつも弟1が夕食を作るが、今日は弟2に任せたいようだ。

弟1「今日、ちょっと任せたわ」
弟2「いいけど、(冷蔵庫に)何があんの」
弟1「冷凍庫にイカ素麺があるから。出して解凍しとくからよろしく」
弟2「え、イカ?だけ?」
弟1「それしかねぇんだもん」

弟2「人はイカだけでは生きて・・・・・」

弟1「あー、(わかったわかった) なんか他にあんだろ、素麺とか。そんで、お母さんになんか他にいるかって聞いたら「その辺でてんぷらとか買ってきて」って多分言うから、買ってきてそんでよろしく。な、イカ素麺と、素麺で。じゃ、よろしく」


というわけで今日は全体的に白っぽい食卓になる模様。

ちなみに、今日はそんな我が家の王子様、弟2の誕生日です!!

夏休みももう終わり [日々の徒然]

最近の小学校は早くも今日から2学期だそうだ。
夏休み最後の3日間、彼氏のM(10歳、鉄っちゃん)とその弟K(8歳)が我が家にお泊りして過ごした。
大人ばかりの5人家族に放り込まれて最初は互いに少し緊張感があったものの、すぐに慣れて、それこそ狂ったように笑い転げながら3日間を過ごした。最終日なんか、笑いすぎてよだれを垂らしそうだった。
ちなみに私ではない。二人の子どもたちが、である。

二人は男の子ばかりの3人兄弟でその次男と三男だ。
3日間、怪我も事故もなく終わったから良かったけれど、かなり思い切った大冒険をいくつもさせた。
私が彼らと同じ年のころは、もうとにかくいつも恐怖心と冒険心がせめぎあってせめぎあって、休まるヒマがなかったくらい。ウンテイの上を歩き、ジャングル(神社の森)に分け入り、木にも屋根にも登り、川の飛び石や一本橋を渡り、ガッタンブリコを極限までこいだ。
かわいそうに母は、待望の女の子が生まれて喜び、ピラピラの服を着せて可愛がろうとしたのだが、私は父が説教する礼拝中の教会を裸で走り回るような「稀に見るほどの」アクティブ・ガールだった。
言うまでもないだろうが、小さい頃の話である。今はやらない。

自分が狼少女アマラ(もしくはカマラ)ばりに野生児だったので、私から見れば相手をする子どもたちの大半が「軟弱者」である。3日間我が家にホームステイした二人も井上家の子どもたちからすると拍子抜けするほどだが、軟弱なのは子どもたちだけに留まらない。子どもたちが軟弱で虫も触れないから、セミにも全く危機感がなくて、うちの近くでは網がなくても捕まえられるような低い位置に留まっている。
もう、びっくりだ。私たちにとって、そんなアホみたいな場所は父の職場だった女子大の庭だけだった。そこで誰からも狙われずにのうのうと好きな場所に暮らしていたセミを見て、わたしたち3人は「セミ天国!セミ天国だ!!」と狂喜乱舞したものである。
私たち姉弟は、夏といえばとにかくセミ捕り。公園の木や遊具によじ登って、高いところのセミを狙い、網も改良を重ねた2m以上のものを片手で使いこなしていた。一日30~50匹は当たり前。数なんかじゃ全然自慢にならない。
長崎では希少価値の低いクマゼミから、アブラゼミ、それからミンミンゼミ、、、と自慢できるランクがあった。ツクツクホーシは胴体も小さくて、羽も薄く透明、しかも高いところにいるので絶対自分が捕りたい。網を私が俺が、と奪い合っているうちに逃げられることもあった。

MとK、私の弟その2も一緒に4人で歩きながら、
「あ、ほら、トノサマバッタだよ」
といって捕まえて、見せようとすると
「えぇっ?捕まえたの?」
「きゃーーー!」
と言って弾丸のように逃げていった。
トノサマバッタだぞ?これ捕まえたらその日一日ヒーローになれるんだぞ。

手に届く位置にセミが留まっているので手で捕まえて渡そうとすると、弟2の腕にしがみついて怖がる。
「なんでぇ?触ったことないの?」
と聞いたら、Kは
「ない」
だと!弟2と私から
「ええー!?セミも触れない子どもなんて!」
とステレオで言われてしまった。
Mは絶対に近寄ろうとしなかったが、Kには何か感じるところがあったらしく、
「俺触ってみようかな」
「あ、でもやっぱ・・・」
「んーあそこまで行ってから」
と何度も勇気を出し入れし、指で背中を触ってみることから始めて、一日で両手に一匹ずつ持てるまでになった。
最後には
「俺、セミ好き」
と言った。

触ったこともなく、今まで怖い、気持ち悪いと思っていたものを、たった一日で「好き」だと言えるようになる、そんな大きな価値観のひっくり返りを、わたしも体験したいなぁと思った。世界が180度回るようなことも受け入れられる冒険に、挑みたい。それは結局、自分に挑んで、自分を受け入れるってことだ。
そんな冒険を二人はたくさんやってのけた。夏休みはこうでなくちゃ。そして二人は、夏休みが短い大人になっても、人生はこうでなくちゃ、と私に教えてくれた。

M、K、3日間、君たちの大冒険を見せてくれてありがとう。

宿題がんばってます [日々の徒然]

小学生の頃は夏休みの宿題なんぞ、きちんと終わらせたためしがない。
中学生の頃だって、高校生の頃だって、新学期が始まってから居残りさせられて9月も半ばにようやく提出していた。

しかし今年は頑張っている。
まだ3日目だが。
ビジネス関連の語彙が相変わらずさっぱりなので、
ビジネス英語に特化した「語彙・熟語・コロケーション1000問ドリル」
というのをやっている。
しかもこれを4周しろと書いてあるので4000問だ。

今160問くらい終わったところ。
んまー、正答率の低いことといったら。我ながら予想以上でびっくりdeth

そもそもドリルのタイトルにある「コロケーション」が分からん。なんじゃそりゃ。
The Beach Boysの「ロコモーション」なら知っている。あれはいい曲だ。
不動産屋さんがしきりと連発する
「いやー、奥さん、こんな物件またとないですよ。エキチカだしスーパーはあるし、最高のロケーションです!」
も大体意味は分かる。
しかしコロケーションの意味は不明のまま、私はこの1000問を終える気がする←辞書を引け、辞書を!

英語の長文読解はなぜか昔から得意で、クラスメイトが40分かけて1問解いている問題集を、わたしは丸ごと1冊終わらせたりした。40分で。
英語の教師は訝しがって
「この単語はどういう意味だ」
と聞くのだが、わたしは
「わかりません・・・」
としか言えない。でも、答えはほぼ100%合う。

「どうなってんだ、イノウエ」
それはわたしが聞きたい。
「なんかの超能力かもしれません、先生」
「・・・・・・・・・・」以来、授業で一度も当てられなくなった。

単語テストを受けるといつまで経っても中3レベルだし、熟語の「○○ in」とか「×× on」とかも、なんとなく映像でしっくり来るもの来ないもの、という選び方しかできない。
3日も連続で、単語と熟語と正体不明のコロケーション(多分何らかの地球外生命体でウルトラマンゾフィーかアンドロメロスの敵なんじゃないかな)に取り組んでいるなんて、人生初だ。やったことないからドキドキしちゃう。
1000問解き終わった後、どうなっちゃうのかしらわたし。
3日で坊主になるらしいから、5日目にはお釈迦様になって、7日目には生きたまま列福されちゃうかもしれない!←いやいや、宗教違うし(そこか?)そもそも「三日坊主」の意味間違ってるだろ。


まぁでも、きっとコロケーションの意味は分からないままだと思う。それは分かっているからちょっとほっとできるな。

最終日 [日々の徒然]

最終日となる四日目は国際通りにある伝統工芸館で
「紅型(びんがた)」という染物と、「首里織」という織物を体験させていただきました。

紅型は型の上から糊を重ねて、その上に染料を置いていきます。
使う色と、重ねて使う色も決まっているのだそう。そうか、この組み合わせで沖縄っぽくなるんですな。
色を重ねてぼかしを出すところが難しかった。
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数日置いて糊を洗い落とし、出来上がりはこんな感じ。
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紅型が終わると首里織り。コースター作りに挑戦しました。
これがやっていて一番楽しかった!
教えてくださった先生が織り機を使っているところ。
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一番簡単なパターンを習ったのですが、それでも見ているととても複雑。
体験・見学の人が私しかいなかったのをいいことに、ずうーーーーぅっと質問してあれこれ聞いてしまいました。
理屈は分かるけれど、仕組みや機械を考え出した人はすごい。
織っていると、ずーーーっと織っていたくなります。

縦糸はすでに織り機にセットされていて、横糸の色は自分で選べます。
先生は入梅ということで「紫陽花(あじさい)」をイメージしてデザインしたのだそうです。
私は横糸に、まずピンクを、そしてもう一枚のコースターに紺色を選びました。

これがピンクの横糸で織ったもの。
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そして紺色。
横糸が変わるだけで、かなり印象が違います。
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吹きガラスもやりたかったのですが予算アウト。残念でした。
でもその後、工芸館に併設の展示室も見せていただいて、午前中一杯、工芸館でじっくり過ごすことが出来ました。

お昼ごはんはもずくソーキそば。もずく、うまし。
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夕焼けに追いかけながら、東京へ。
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初めての沖縄だったのに、おつりが来るほど充実した3泊4日でした。
次回はもっと沖縄のことを勉強してから、行きたいです。あ、でも台風に遭遇するのはもう勘弁。


3日目 [日々の徒然]

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2日目の日記に書き忘れましたが、
二日目の午前中は”壺屋”という、陶器の窯元が集まる地域へ行き、シーサー作りを体験しました。
これも飛行機内で配っていたクーポン誌に載っていた情報でした。
シーサーは口を開けている方が雄で、幸せを呼び込むと言われ、
口を閉じている方が雌、幸せを逃がさないと言われているそうです。
写真は私が作ったシーサーですが、シーサーというより魔除けのガーゴイル!?


さて、3日目は日曜日。
宿泊したホテル教会の隣りだなんて、なんて便利。
20分前に起きても遅刻しないのね。

ミサの最後に神父様を始め、お世話になった皆さんにご挨拶した後、従姉の旦那さんとそのお姉さん、お母さんという不思議な面々と一緒に珍道中へさぁ出発。
まーぁ、面白かったですよ。

昨日の台風で道路がめちゃくちゃになっていて、ところどころ封鎖されていましたが、
無事に美ら海水族館へ。
何だか分からないけどこんな実が飛んでこなくてよかった!当たったら一発アウトだよ。
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台風一過で海も空もきれいに洗われていました。
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最近のイルカショーは進化しているのね。
芸が細かかったです。でも私はこういうシンプルなジャンプ技が一番好き。
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私は水族館はどんなにしょぼい(基、小規模な)ものでも大好きで、大きな魚でなくても、チンアナゴとかけっこう好きで何を見ても嬉しいのですが、美ら海水族館の目玉はこの水槽。
7,000リットル、25mプールおよそ30杯分の水槽に、ジンベイザメ3匹やマンタというエイの仲間が飼育されています。
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ジンベイザメ、でかい。
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豪快なランチ風景。
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下から見上げると空を飛んでいるように見えます。
これは・・・何サメだ?
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魚をたくさん見たら、食べたくなった。
公設市場の魚屋さんで。
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このねぇ、青い魚を食べたけど、おいしかったよ。
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ご一緒したおばあちゃんの勘が鋭くて、本当にいい店を嗅ぎ分けて下さいました。
琉球舞踊が見られる食事どころでした。
花笠の踊り。衣装の色の組み合わせが独特で、素晴らしい。
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太鼓囃子。
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3日目、終わり。

頼りにならない男たち(2日目後半) [日々の徒然]

結婚式の途中から、台風が近づいてきて大雨に。
少し小降りになったところを見計らいながらタクシーに便乗して披露宴会場へと向かった。
全員合わせて30名足らずの、アットホームな披露宴で、とても楽しかった。
新郎新婦がぜひ、といってくれたので、せっかくだからとバイオリンを弾いた。
お祝いはこれしか用意していなかったのだけど、おめでとうとありがとう、これからもよろしくね、という気持ちが彼らに届いたのならそれでいい。

披露宴が終わったとき、ちょうど雨が降っていなかったので、ホテルまで徒歩10分ほどの道のりを何人かで歩いて帰ることに。

ところが!!

風がものすごい。ハンパなくすごい。
とうとう、大通りに出たときの暴風で、その場にいた人たち全員がしゃがみこんだ。
本当に怖かった。
長崎にいるときに台風はさんざん経験しているし、台風19号だって経験した。でも、こんな暴風は初めてだった。


ホテルに着いたら、従弟が
「ちゃんと窓はカーテンも閉めたほうがいいよ。風圧でバーンだよ。割れてもカーテンが一応クッションになるからね」
と教えてくれた。
教えてくれたはいいけれど、恐ろしい情報だな。聞いても恐怖が増すばかりだよ!

風はどんどんひどくなり、雨も降って、街路樹の枝がバキバキ折れて飛んでいく。
さっき自分がまともに受けた風の強さを体が覚えていて、怖くてたまらなくなった。
上陸時刻の21時を過ぎると、さらにひどくなる。
建物全体が揺れるほどに、風が吹いた。

怖くて怖くて、思わず父に電話した。
「怖い!窓が割れそう!」
「ベッドを窓から離しなさい」
シングルルームだもん、ベッドを動かしてもあんまり意味がなさそうだよ・・・
「風で飛ばされそうになった」
「そう、それは怖かったね。あ、ごめん、パパちょっと急にトイレに行きたくなった」
お、おとうさん・・・・・(T T)

そのうち窓の外でガランガラン、とすごい音がし始めた。
どうしても気になって窓の脇から覗くと、なんと、裏手のおうちの屋根がまさにバリ、バリバリバリ、と剥がれてホテルに向かって飛んでくるのだ。渦巻く風にあおられて、くるくる舞っている。
ぎゃー、もう神様どうにかして。
と思った矢先に、飛んできたトタンがものっすごい音を立てて窓にぶつかった。ごんっ。

東京の神父様に電話した。
「あのね、台風が来てて」
「はぁ、来てるみたいね」
「本当に吹っ飛ばされそうになったんですよ!」
「そんなもんじゃない?それくらいにはなるよ」
「裏のおうちの屋根が!」
「そんなもんだよ」
そんなもんじゃないよーー!

鹿児島の神父様に電話した。
沖縄にいるんですけど、台風が来てて、ちょー怖いんです!」
「ワクワクするなぁ、早く鹿児島に来ないかな」
「え?」
「増水した川とか見に行かないのー?」
「物とか木とかバンバン飛んでるんですよ」
「ああ、それは気をつけて上手くよけてね」
上手くよけられるかいっつのーーー!

担当のTさんに電話した。
「台風、めっちゃ怖い!」
「なんか、すごそうだね、大丈夫?」
「大丈夫じゃないです」
「そうか、あ、いま友達と合流した。これからオールで踊ってくるから」
徹夜でダンスぅ!?もう帰ってくるなぁーっ。


布団をかぶってちまっこく丸まっていたら、夜中を過ぎた頃に少しずつ風が凪いできて、
わたしはいつの間にか眠っていた。
翌日曜日の朝、ミサに行ったら、教会は全部停電。
マイクもつかない、電灯もつかない、オルガンも無し。地声とアカペラのミサだった。それはそれで、よかった。
そして、朗読された福音書が

「私は、あなたがたをみなしごにはしておかない」

の箇所だった。


それ、昨日言ってよーーー!!!



2日目、おわり。

あんただけが頼りヨ(2日目前半) [日々の徒然]

新郎新婦はキリスト教徒でもないし、ましてカトリックでもない。
挙式してくれる教会を探していたら、引き受けてくれた教会が安里教会だったそうだ。
結婚式の前に、カトリック教会のミサに出てみたい」
という新郎の母親の希望で、一緒に朝6:10のミサに出席すべく5:45に起床。

ところが普段と事情が違って教会でのミサでなく、主任神父様のミサではないらしい。
教会はもぬけの殻だった。
自分は着任したばかりでよく分からないな、、、と言いながらも司祭館から出てきてくださった。
「私は今日は当番じゃないとよ」
「台風もきよるなぁ」
「あんたたちが台風じゃなかとね」
とおっしゃるも、私が
「昨日お電話差し上げたイノウエです!東京から来ました!」
と言ったら
「よし、じゃあ私があんたたちのためにミサをあげてやろう。あんたのためよ。」
と言って下さった。

カトリック信徒はわたし一人だけ。
「祭壇、準備できるね?」
「はい!」
「朗読はここよ」
「はい!」
「答唱詩編もあんたが歌いなさい」
「えぇ!?」
「歌えんとね」
「いえ、じゃあ、頑張って歌います」
「そうしなさい」

司祭が招き、信徒が答える、そのすべてを他の三人は全く知らないので、
神父様と私だけのやり取りだった。
ミサ中は緊張や焦りでよくわからなかったけれど、ミサ後に
「あんたのためにミサをあげたんだから、お祈りしなさいよ」
と言われた台詞が、以来ずっとわたしの心に響いている。


結婚式では、私の顔と名前を覚えた神父様から
「井上さん、井上さんはどこかね。これね、朗読。信徒さんたちに挨拶して一緒に答唱詩編やら聖歌やら歌いなさいね。あれをしたら、今度はこっちね、これもしてね」
とポンポン指令が飛んでくる。
「あ、あの、わたし新郎側の証人で署名もしないと・・・」
「じゃあそんときは出てきてね。それからあなた、楽器持ってたね、何か弾きなさい」
「ええ!?式では弾く予定ではありません」
「持ってきたんだから弾きなさい。アベ・マリアはどうね」
「人前で弾いたことはありません(あるけど大コケしました)」
「弾いたことなくても聞いたことはあるでしょう。オルガニストと相談してね」
「え。えええええーーーー!?」

そして極めつけの一言。
「参列者でカトリック信者はあんただけ。いいね、あんただけが頼りよ」

なーーーーんと!
なんか知らないけど大変なことに。
そして結局、結婚式の写真を撮るひまなどなく、
朗読して、アナウンスして、答唱詩編も聖歌も歌って、証人の署名もして、そしてなんと、グノーのアベ・マリアをぶっつけ本番で弾くことになった。
オルガニストの方はプロで、
「問題ありません、大丈夫ですよ。わたしがドレミを言いながら弾きますから」
と言って下さり、実際伴奏しながらドレミをささやいて下さるのだが、ドレミの分からないわたしには大混乱だった。
そして、あろうことかアベ・マリア演奏中に「誓いのキス」だったので、私はバッチリ見逃した。ノーゥ!


でも本当に主任神父様にはお世話になりました。
この体験がきっと、私の人生に大きなキー・ストーンになると思う。
受け取った恵みの大きさに圧倒されてボーっとしていたら、その夜やってきた台風に吹っ飛ばされそうになった。

続く。
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