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やり直し修学旅行(京都編) [日々の徒然]

高校の修学旅行は散々で、思い出したくないから京都は二度と行かないと思ってた。
でも、6月に滋賀に行ったついでにあきら君の案内でちょっとだけ回った京都は
ダムとか

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新幹線とか

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26聖人が捕まった場所とか

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ばかりで、なんか全然京都っぽくなかったしすごく楽しかった。
よっしゃー、こんなに面白いならまた来るぞと思った。

一番大好きな友達となら、班別行動だって怖くないし、
案内人があきら君なら、添乗員さんの区別がつかなくなって違う人についてっちゃうような失敗もしなくて済む。
だから、えーことなつこを誘って半年前からずっとずっとずっと楽しみにしてたの。

ついに!土曜日。長崎を出発。
電池さえ使えないフィルムカメラは電(磁)波出さないからこういうときも写真が撮れていいね。バイバイ、長崎空港。

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行く前までは京都のお寺や神社を楽しめる自信は全然なかったけど、源光庵はすごーくよかった。あきら君が楽しみ方のお手本をさりげなく見せてくれたからだと思う。
血天井の足跡はちょっと怖かったけど・・・でもいい窓がいっぱいあってね。素敵だった。

桃山城に攻め入られた武士たちが何十人も切られたり自害したりして血みどろになった床を、このお寺の天井にしたんだって。ちのりの手形や足形が残っていた。

その血天井のイメージを四角い迷いの窓から撮ってみましたよ。

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悟りの窓という名の丸窓はドラえもんの通り抜けフープみたい。

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土曜の夜はつぐに会った。
中学からの友達えーこ、高校からの友達なつこ、大学からのなかよしつぐ、そんで大人になってからの友達あきら君。すごい!! 「先生、ここに小屋を建てましょう」、と言いたくなるくらい、すごいと思った。
そして証拠の集合写真が全く撮れていない辺りが、さすがだ。感度100のフィルムじゃ夜の店内は暗すぎたらしい。

日曜日は土砂降り。
教会に行ってミサに出たんだけど、その日教会の幼稚園でバザーをやっていて、どっぷり堪能。
手作り品のコーナーであれやこれやと散々悩んでいる(多分30分はいたと思う)わたしを見て、とうとう店番のお母さんが全部100円引きにしてくれた。今回の旅行で最も散財。
子どもに大人気のミルクくずもち、おいしかったぁーー!あきら君が呼びに来てくれなければ、お菓子ネックレスまで買ってしまうところだったよ・・・。土砂降りの雨の中、案内人氏は2回も探し回ったらしい。

京都に来るにあたり、最大の関心事は漬物。
何故なら漬物が大好きだから。お漬物屋さんの風景は一番たくさん撮ったと思う。

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そしてお正月用の奈良漬も買った。←お酒が飲めないわたしは、三が日に奈良漬を食べて酔っ払うのがお正月の楽しみ。


雨がひどかったので博物館か美術館を見学しよう、と提案。
でも行くまでにものすごい雨風に降られてびしょびしょでたどり着いたら閉館まで後45分だった。
誰だよ、国立博物館に行こうとか言ったの・・・
で、目の前の三十三間堂に行った。

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宿は雑魚寝の部屋を取ってもらって、これがものすごーく嬉しかった!楽しかった!
放射状に布団ひいたり、並べてひいた上をごろごろ転がったりした!!これぞ修学旅行最大の楽しみだよね。
宿の玄関先に飾ってあったもの。南天の実で作ったお猿さんが9匹。これで「苦難が去る」という意味なんだって。

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月曜日も午前中ギリギリまで景色を楽しんだ。
紅葉は全盛までにはまだちょっと早かったけれど、きれいだったよ。

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神戸空港までのポートライナーは、オススメどおり一両目の一番前へ。これ、いい眺め!!

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手荷物検査場でカメラをリュックから出すように言われ、「本物かどうか」確かめるために検査官の前で一枚撮るように言われた。

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そして見事に、カメラを検査場横の売店に置き忘れて飛行機に乗った。
うーーーーん、慣れているとはいえ、
http://kaehyan.blog.so-net.ne.jp/archive/201009-1
忘れ物や失くし物って自分だけじゃなく回りもがっかりさせるからつらいなぁと思う。
決してその持ち物を軽んじているから意識から抜け落ちるのではないってこと、自分も周囲も理解できるまでには相当時間がかかった。
これはもう、最善を尽くしても起きることなら諦めるしかないね。目に見えるものをなくしても、大丈夫。もっと大事なものをなくさなければいいって、今は思える。でも、今回もハラハラさせてごめんよ、ちゃんとカメラは戻ってきたから!

どこへ行くか、よりも、きっと、誰と行くか、なんだなぁ。
一生の宝物になる旅でした。
次はどこへ行こうか????

懐かしい人に会いました [日々の徒然]

商店街を私には珍しく「前を向いて」歩いていたら、ヴァイオリンの恩師にバッタリ。
習い始めから5年くらいお世話になった先生です。

父の幼馴染であるこのI先生は、非常に辛抱強い方でした。
楽器の持ち方から弓の持ち方、最初から全部教えてくれ、曲がりなりにもコンチェルトとやらが弾けるまでにしてくれた恩師です。
そりゃー、先生だもの、それが仕事だと言われればそれまでですが、
30秒もじっとしていられない狼少女アマラが相手だとね、その辛抱強さがお分かりになりますでしょう。

私がレッスン初っ端、「弓でなく楽器本体」を動かして楽器を床に落とし、楽器を割ってレッスンも父の給料もパー、にした時も、

「バグダッドの酋長」という1曲に何週間かかっても、

レッスン中に鼻の奥にこびりついたでっかい「何か」が気になって集中できなかった時も、

レッスン室に並んでいた作曲家偉人伝の漫画を読み終わるまではレッスンしない、と譲らなかった時も、

曲は練習するけど音階練習はサボっても、

弓の毛を弓から外して「魚釣り」と言って遊んでも、弓をチャンバラに使っても、

ため息をつきながら、それでも先生は私を破門にされませんでした。

I先生はほぼ全盲で、楽譜もメモも何でも、目に5mmも離れていないところまでくっつけて読んでいました。
でも、ものすごく耳がよくて、私がだれていい加減な運指をしたり、姿勢が悪くなったり、ボウイングや音をちょっと間違えただけでも全部バレました。
私が中学生からお世話になったK先生いわく、
「I先生はオーケストラ譜でも何でも、どんなパートも全部、耳で聴いて全て暗譜するのよ」
のだとか。ひょえー。
私はよく自分が楽譜を読めないことを、「楽譜を使わない先生に教わったからだ」と先生のせいにしますが、もちろん先生は楽譜が読めます(当たり前)。

最後に先生にお会いしたのはもう20年以上前だと思いますが、一目でわかった自分にちょっとびっくり。
ちょっとあの頃より痩せていたけれどお変わりなく、ヴァイオリンを片手に歩いておられました。
商店街の真ん中で「I先生!!I先生ですよね!」と声をかけられてすごくびっくりしてました。そりゃそうだ。
ただでさえこちらは見た目が変わっている上、数日前からのどを痛めておっさん声だし、先生には私がほとんど見えない。
でも、「イノウエカエです!」って言ったら「ああー、懐かしい!」と喜んでくださいました。

相変わらず楽譜はまったく読めません。
でもI先生に教わって、耳と手で覚えた曲は、今でも空で全部弾ける。
難しい曲は弾けない。でも、バッハを聴いて泣ける。
オーケストラのヴァイオリンの中から、先生の音を聞き分けられる。
何より、音楽を好きになることを教えてくれました。

当時の私が発表会を楽しんでいたかどうかは・・・・・不明ですが。
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レベル上げに手こずってます [日々の徒然]

料理が全くダメだ。
味付けが、とかではない。段取りが極端に悪い。
7歳でカレーを作ったけどカレー粉入れ忘れたときから、一歩も進歩がない。

切るだけ、とか、混ぜるだけ、とか、一つ一つの作業を切り取ってみれば別にフツーなんだが、
あれをしながらこれをして次にこれをして・・・の流れが全く組み立てられない。二品同時に作れと言われたらもうパニック。

嫁に行く前、父が
「味噌汁だけは作れ。作れるようになれ」
と言ったので、以来、味噌汁だけ作るようになった。
おかずやメインがグラタンでもカレーでもお好み焼きでも、ワタクシ味噌汁当番で出ています。

本人はそのつもりがなかったと思うけど、わたしの師匠は弟1。
見た目だけでもけっこう迫力ある上に、
「スプーンで味噌を溶くな!舌がシビレるだろ」←それって褒め言葉じゃないの。
とか、
「うすいっ、飲めるかこんな薄い味噌汁!(卓袱台ばばーん、は無し。うち卓袱台ないから)」←私にはちょうどいいのよ。
とか、
「味噌は必ず2種類使え」←世の中には合わせ味噌って便利なもんがあんじゃないの。なぜうちにはないの。
「出汁はケチるな、でも無駄遣いするな」←その境目はどこだ。
「弱い中火」←意味わかんない。それって弱火じゃないの。
とか、
スパルタで怖かった(T T) 

結局、昆布+鰹節の出汁がどうしてもうまく取れなかった。
昆布の出汁をとって、取り出して、鰹節を入れてぐらっと1分、それからそれから・・・それからどんどこしょー♪って手順が多すぎてもうダメ。焦って慌てて、パニックのあまり出汁を全部ざるに上げて肝心の汁を流してしまった。

ので、実家を出てからは、いりこ出汁でスタート。
前日もしくは数時間前に水に浸けておく方式で。
しばらくこれでやってました。
トラウマがあるので手が出なかったが、そろそろレベル上げしたいと思って昆布+鰹節に挑戦。


三日前からイメトレした。

「料理以前の基礎知識」
って本を2回黙読、2回音読した。

18:30に食べる予定で15:30から準備始めた。

昆布つけておく方式にした。

タイマーかけた。

鰹節は出汁パックに入れると手間が省けて便利、と書いてあった。

出汁パックにうまく鰹節を入れられなくて、手間取った。2/3がこぼれた。

その間に昆布が沸騰した。

慌てて鰹節を投入したら出汁パックの口が開いててダダ漏れでパックの意味がなかった。

鰹節をすくっている最中にタイマーがピーピー鳴ったので、タイマーに向かって「待ってくれ!」と懇願した。

結局味噌入れ忘れた。


という失敗をこれまでに3回やりました。
カンダタは強いです。
また頑張ります。

宿題頑張ってました [日々の徒然]


秋も深まってもはや冬が始まるよ~ほらまた僕のそばでぇ~な季節ですが、
夏休みの宿題、人知れず頑張ってました。
http://kaehyan.blog.so-net.ne.jp/2011-08-16

ドリルやり終えましたよ、1000問。
しかも3周までしました。

10月末に試験がありまして。
9月に申し込んだのですが、10月の試験は田舎ではやりませんってさ。。。。
そういうトコは調べてから申し込もうよ、井上君!!
大都会の福岡まで受験旅行しましたよ。
思い出したわぁ、大学受験。あの時も願書締め切りすっ飛ばす大ボケこいたんだよね。

受験票に会場の地図が小さーく載っててさ。
自信満々で反対方向に歩いちゃったのよ。よっぽど背中から自信がみなぎっていたんだろうね、「あ、あの人についていこう」っていうとんでもない判断をしちゃった受験生が5、6人後ろからゾロゾロ・・・・
すまなかったねぇ。私が試験監督なら気の毒ポイントで3点あげたいよ。


結果が予定より二日も早く郵便受けに届くフライング。
あまりにも急に現れたドキドキに、口にくわえていたチーズトーストを思わずお皿に戻してしまいました。
さらに結果が予想以上だったのでびっくりし過ぎて通知表をテーブルに投げ捨ててしまいました。バチ当たり・・・
客観的には大したことないんですが、井上君にはありえない成績だったので大喜び。
ご褒美に「モンブランをケーキセットで!」豪華にお祝いしました。

あーーーーーーーーーーもう二度と受けないっ。
脳みそ破裂するかと思った。
てか、実際ちょっと破裂して頭蓋骨のてっぺんが割れちゃった気がする。













んで、結局いまだに「コロケーション」の意味は不明です。

君に残るかすり傷 [問はず語り]

子守りや家庭教師をした子どもたちのご両親から、何年経った後でも便りが届く。
出会った当時は日本語も英語もおぼつかなかったおチビさんはもうすぐ大学生に。
一緒に算数や国語を勉強してた小学生はインターンで中東に。
5歳の誕生日を一緒に祝った女の子は、乗馬の試合に出るそうな。

ほんのしばらくの間を一緒に過ごし、遊び、学び、時にけんかして、たくさん大笑いした。
別れた後、彼らは私に何のお構いもなくぐんぐん背が伸び、腕力も体力も知識も増して、私を追い越していく。
彼らがいまだに追い越せないのは、私の年齢だけである。いっそ追い抜いていいんだぜ?
時が経てば経つほど、私と過ごした時間なんてほんの一瞬になっていく。
大人になって行く彼らの姿を、私は見ていないし、見ることができない。

卒業や引越しで別れが来るたび、子どもたちは泣いたり怒ったり、「次いつ来るの?」と聞いたりする。
5歳、10歳の子どもにとって別れは「もう一生、二度と会えない」に等しいくらいの意味があるはずだ。会いに行くための交通手段も知らなければ、お金もなく、電話も郵便もよく知らない。
それでも私は、またいつか、そして願うならいつでも、会えることを知っている。

転んだりぶつかったりした時にできる鋭いかすり傷のように、思い出がその子の体に残りますように、と私が願うからだ。
時が経ってしまえば痛くも痒くもなく、よくよく見なければわからないほどの傷跡。
大人になってから、ふとした拍子に「ああ、あの時の」と思い出す、そんなかすり傷が誰にでもひとつはあるだろう。
私との思い出が、そんなかすり傷のように、その子の体に残ればいいなと思う。
そのかすり傷を見るたび、思い出せるからだ。そしてそれは、会うことと同じだ。


これから先、面と向かっては一生会えなかったとしても、君の体に思い出は残されている。
今となってはおぼろげでリアルには感じられなくても、その傷跡を見つけたら一人でニヤッとして欲しい。
「ああ、かえちゃんと遊んだあの時の」
って。
そしたら、そんな時、私も私に残された傷跡を
「あー、これはあの時の・・・」
「これは**ごっこをしたときのだ」
と数えているはず。
いつか再会できたらその時は、お互いに披露しよう。

今はひりひり痛くても、そのうちなんでもなくなるよ。でも、君の体にちゃんと残ってる。
かすり傷みたいに。

誕生日です。 [日々の徒然]

先日は弟2の誕生日日記を書きましたが、今日は母の誕生日。
そして私の受洗記念日です。

生後100日目に福岡中部教会で受洗しました。
キリスト教徒にとって洗礼を受けた日は「新しい人」として生まれる日ってことで、大事な誕生日です。

小さい頃に洗礼を受けることを「幼児洗礼」というのだけど、これがどうやら世間では賛否両論。
なにも判断できない赤ん坊に信仰(宗教)を押し付けるのはよくない、ってさんざん周りに言われるれど、
私にとっては親が与えてくれたものの中で一番ありがたいものだと思っています。
こないだ友達になったあきら君は、
(毒も栄養もわからない)子どもの前にたくさん食べ物を並べて
「ほら選べ」
っていう親なんかいないだろって。親として一番いいと思うものを与えてあげたいと思うのが親心だろって。
私はこの説明にすごく納得したけどな。

でもね、洗礼の意味なんて、確かに赤ん坊にはわかりませんよ。
私なんて、こんなだもん。

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まったくやる気なし。成人洗礼の人は感動で泣いたりするのに私は眉間にしわ寄ってるし。
この頃の私は忍者修行に夢中だったので
「麻が伸びちゃうから早く帰ろうぜ!このピラピラした白い服も早く脱がせてくれ。修行に邪魔だよ」
と思っていたのだと思います。
(あのねぇ、麻は成長が早いから毎日飛び越えて脚力を鍛えるんだよ)


しかし父も若かったなーー!

人はイカそーめんのみにて生きるにあらず [日々の徒然]

弟二人が夕食の支度について相談しているらしい。
いつも弟1が夕食を作るが、今日は弟2に任せたいようだ。

弟1「今日、ちょっと任せたわ」
弟2「いいけど、(冷蔵庫に)何があんの」
弟1「冷凍庫にイカ素麺があるから。出して解凍しとくからよろしく」
弟2「え、イカ?だけ?」
弟1「それしかねぇんだもん」

弟2「人はイカだけでは生きて・・・・・」

弟1「あー、(わかったわかった) なんか他にあんだろ、素麺とか。そんで、お母さんになんか他にいるかって聞いたら「その辺でてんぷらとか買ってきて」って多分言うから、買ってきてそんでよろしく。な、イカ素麺と、素麺で。じゃ、よろしく」


というわけで今日は全体的に白っぽい食卓になる模様。

ちなみに、今日はそんな我が家の王子様、弟2の誕生日です!!

夏休みももう終わり [日々の徒然]

最近の小学校は早くも今日から2学期だそうだ。
夏休み最後の3日間、彼氏のM(10歳、鉄っちゃん)とその弟K(8歳)が我が家にお泊りして過ごした。
大人ばかりの5人家族に放り込まれて最初は互いに少し緊張感があったものの、すぐに慣れて、それこそ狂ったように笑い転げながら3日間を過ごした。最終日なんか、笑いすぎてよだれを垂らしそうだった。
ちなみに私ではない。二人の子どもたちが、である。

二人は男の子ばかりの3人兄弟でその次男と三男だ。
3日間、怪我も事故もなく終わったから良かったけれど、かなり思い切った大冒険をいくつもさせた。
私が彼らと同じ年のころは、もうとにかくいつも恐怖心と冒険心がせめぎあってせめぎあって、休まるヒマがなかったくらい。ウンテイの上を歩き、ジャングル(神社の森)に分け入り、木にも屋根にも登り、川の飛び石や一本橋を渡り、ガッタンブリコを極限までこいだ。
かわいそうに母は、待望の女の子が生まれて喜び、ピラピラの服を着せて可愛がろうとしたのだが、私は父が説教する礼拝中の教会を裸で走り回るような「稀に見るほどの」アクティブ・ガールだった。
言うまでもないだろうが、小さい頃の話である。今はやらない。

自分が狼少女アマラ(もしくはカマラ)ばりに野生児だったので、私から見れば相手をする子どもたちの大半が「軟弱者」である。3日間我が家にホームステイした二人も井上家の子どもたちからすると拍子抜けするほどだが、軟弱なのは子どもたちだけに留まらない。子どもたちが軟弱で虫も触れないから、セミにも全く危機感がなくて、うちの近くでは網がなくても捕まえられるような低い位置に留まっている。
もう、びっくりだ。私たちにとって、そんなアホみたいな場所は父の職場だった女子大の庭だけだった。そこで誰からも狙われずにのうのうと好きな場所に暮らしていたセミを見て、わたしたち3人は「セミ天国!セミ天国だ!!」と狂喜乱舞したものである。
私たち姉弟は、夏といえばとにかくセミ捕り。公園の木や遊具によじ登って、高いところのセミを狙い、網も改良を重ねた2m以上のものを片手で使いこなしていた。一日30~50匹は当たり前。数なんかじゃ全然自慢にならない。
長崎では希少価値の低いクマゼミから、アブラゼミ、それからミンミンゼミ、、、と自慢できるランクがあった。ツクツクホーシは胴体も小さくて、羽も薄く透明、しかも高いところにいるので絶対自分が捕りたい。網を私が俺が、と奪い合っているうちに逃げられることもあった。

MとK、私の弟その2も一緒に4人で歩きながら、
「あ、ほら、トノサマバッタだよ」
といって捕まえて、見せようとすると
「えぇっ?捕まえたの?」
「きゃーーー!」
と言って弾丸のように逃げていった。
トノサマバッタだぞ?これ捕まえたらその日一日ヒーローになれるんだぞ。

手に届く位置にセミが留まっているので手で捕まえて渡そうとすると、弟2の腕にしがみついて怖がる。
「なんでぇ?触ったことないの?」
と聞いたら、Kは
「ない」
だと!弟2と私から
「ええー!?セミも触れない子どもなんて!」
とステレオで言われてしまった。
Mは絶対に近寄ろうとしなかったが、Kには何か感じるところがあったらしく、
「俺触ってみようかな」
「あ、でもやっぱ・・・」
「んーあそこまで行ってから」
と何度も勇気を出し入れし、指で背中を触ってみることから始めて、一日で両手に一匹ずつ持てるまでになった。
最後には
「俺、セミ好き」
と言った。

触ったこともなく、今まで怖い、気持ち悪いと思っていたものを、たった一日で「好き」だと言えるようになる、そんな大きな価値観のひっくり返りを、わたしも体験したいなぁと思った。世界が180度回るようなことも受け入れられる冒険に、挑みたい。それは結局、自分に挑んで、自分を受け入れるってことだ。
そんな冒険を二人はたくさんやってのけた。夏休みはこうでなくちゃ。そして二人は、夏休みが短い大人になっても、人生はこうでなくちゃ、と私に教えてくれた。

M、K、3日間、君たちの大冒険を見せてくれてありがとう。

宿題がんばってます [日々の徒然]

小学生の頃は夏休みの宿題なんぞ、きちんと終わらせたためしがない。
中学生の頃だって、高校生の頃だって、新学期が始まってから居残りさせられて9月も半ばにようやく提出していた。

しかし今年は頑張っている。
まだ3日目だが。
ビジネス関連の語彙が相変わらずさっぱりなので、
ビジネス英語に特化した「語彙・熟語・コロケーション1000問ドリル」
というのをやっている。
しかもこれを4周しろと書いてあるので4000問だ。

今160問くらい終わったところ。
んまー、正答率の低いことといったら。我ながら予想以上でびっくりdeth

そもそもドリルのタイトルにある「コロケーション」が分からん。なんじゃそりゃ。
The Beach Boysの「ロコモーション」なら知っている。あれはいい曲だ。
不動産屋さんがしきりと連発する
「いやー、奥さん、こんな物件またとないですよ。エキチカだしスーパーはあるし、最高のロケーションです!」
も大体意味は分かる。
しかしコロケーションの意味は不明のまま、私はこの1000問を終える気がする←辞書を引け、辞書を!

英語の長文読解はなぜか昔から得意で、クラスメイトが40分かけて1問解いている問題集を、わたしは丸ごと1冊終わらせたりした。40分で。
英語の教師は訝しがって
「この単語はどういう意味だ」
と聞くのだが、わたしは
「わかりません・・・」
としか言えない。でも、答えはほぼ100%合う。

「どうなってんだ、イノウエ」
それはわたしが聞きたい。
「なんかの超能力かもしれません、先生」
「・・・・・・・・・・」以来、授業で一度も当てられなくなった。

単語テストを受けるといつまで経っても中3レベルだし、熟語の「○○ in」とか「×× on」とかも、なんとなく映像でしっくり来るもの来ないもの、という選び方しかできない。
3日も連続で、単語と熟語と正体不明のコロケーション(多分何らかの地球外生命体でウルトラマンゾフィーかアンドロメロスの敵なんじゃないかな)に取り組んでいるなんて、人生初だ。やったことないからドキドキしちゃう。
1000問解き終わった後、どうなっちゃうのかしらわたし。
3日で坊主になるらしいから、5日目にはお釈迦様になって、7日目には生きたまま列福されちゃうかもしれない!←いやいや、宗教違うし(そこか?)そもそも「三日坊主」の意味間違ってるだろ。


まぁでも、きっとコロケーションの意味は分からないままだと思う。それは分かっているからちょっとほっとできるな。

最終日 [日々の徒然]

最終日となる四日目は国際通りにある伝統工芸館で
「紅型(びんがた)」という染物と、「首里織」という織物を体験させていただきました。

紅型は型の上から糊を重ねて、その上に染料を置いていきます。
使う色と、重ねて使う色も決まっているのだそう。そうか、この組み合わせで沖縄っぽくなるんですな。
色を重ねてぼかしを出すところが難しかった。
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数日置いて糊を洗い落とし、出来上がりはこんな感じ。
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紅型が終わると首里織り。コースター作りに挑戦しました。
これがやっていて一番楽しかった!
教えてくださった先生が織り機を使っているところ。
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一番簡単なパターンを習ったのですが、それでも見ているととても複雑。
体験・見学の人が私しかいなかったのをいいことに、ずうーーーーぅっと質問してあれこれ聞いてしまいました。
理屈は分かるけれど、仕組みや機械を考え出した人はすごい。
織っていると、ずーーーっと織っていたくなります。

縦糸はすでに織り機にセットされていて、横糸の色は自分で選べます。
先生は入梅ということで「紫陽花(あじさい)」をイメージしてデザインしたのだそうです。
私は横糸に、まずピンクを、そしてもう一枚のコースターに紺色を選びました。

これがピンクの横糸で織ったもの。
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そして紺色。
横糸が変わるだけで、かなり印象が違います。
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吹きガラスもやりたかったのですが予算アウト。残念でした。
でもその後、工芸館に併設の展示室も見せていただいて、午前中一杯、工芸館でじっくり過ごすことが出来ました。

お昼ごはんはもずくソーキそば。もずく、うまし。
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夕焼けに追いかけながら、東京へ。
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初めての沖縄だったのに、おつりが来るほど充実した3泊4日でした。
次回はもっと沖縄のことを勉強してから、行きたいです。あ、でも台風に遭遇するのはもう勘弁。


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